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 テレビの画面に、奈良の寺院の鐘楼が写し出され荘重な除夜の鐘がきこえてきた。  春子が、眠っていた工につづいて千春を起し身仕度をととのえさせた。工も千春も眠そうな顔をしていたが、いやがる風もなくオーバーを着、マフラーを頸に巻いた。  戸外に出ると、寒気が頬にふれた。月が皎々《こうこう》と光っていて、路上は、一面に霜がおりたように白っぽくみえる。圭一は千春の手を、春子は工の手をひいて坂道を下った。  かれは、数日前文芸雑誌の編集者からの電話を思い出していた。その編集者は、二カ月後の締切りで作品を書くように言い、 「芥川賞の候補になった作品を越えるようなものを書いて下さい。あなたには期待しています」  と、はげましてくれた。そして、現在はどのような生活をしているのかと問うたので、 「一月五日から勤めに出ます」  と、答えた。 「そうですか。ともかくいいものを書いて下さい。待っていますから……」  編集者は、それだけ言うと電話をきった。  かれは、嬉しかった。一年半ぶりの原稿依頼に、編集者の期待にそうようなものを書きたいと思った。  書く素材は、きまっていた。沖縄、奄美で人を死亡させるハブの害を軽減するため、伝染病研究所で馬を使用して血清をつくりハブ棲息地に空輸している。馬は犠牲になって死ぬが、その馬の飼育係の男の子供を主人公にした小説を書いてみようと思っていた。  圭一たちの影が月光に浮彫りされたように、坂道に沿った住宅の石塀に映っている。そして、塀がきれると、影は命中した射的の標的のように露地の土の上に倒れ、また塀がつづくと影は塀の表面に立ち上って動いてゆく。  造船所の幹部たちは、ニュースを耳にすると、家を飛び出し建造主任室に続々と集ってきた。かれらの表情には、例外なく不安と緊張の色が濃くはりつめていた。  所長室に、かれらと監督官が集って、島本首席監督官と小川所長からそれぞれ激励の挨《あい》拶《さつ》があった。殊《こと》に島本は第二号艦の持つ重大な意義を説き、一日も早く第二号艦を戦列に加えることが、造船所員・監督官たちに課せられた責務であることを強調した。  各職場に散った幹部所員は、それぞれ部下たちを集めて訓辞した。作業員たちは、身じろぎもせず真剣な表情で耳を傾けていた。  その日、日本海軍機動部隊の真珠湾奇襲の成功、マレー半島上陸が報じられ、アメリカ・イギリスに対する宣戦布告文も発表された。そしてさらに翌々日には、海軍航空隊がマレー半島カンタン沖でイギリスの誇る新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールズ及びレパルスを撃沈、日本陸海軍のグアム島、ルソン島上陸が報道された。
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